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2015年8月28日金曜日

何を虐待とするか


時給200円も、障害者に「経済的虐待」


虐待の基準

何を虐待とするかというところもあるし経済的虐待と言うのも何か理解されにくい。そもそも福祉には契約を締結しない就労支援B型というものが法律で定められており、そこを対象としているならば200円の場所はざらにある。


福祉と一般会社では金の周りが異なる。

普通の会社は物を売って賃金を得るが、福祉の業界での助成金などを前提に考えている。だから金の回り方が異なる。

 それを知った上で、何を大事にするかが大事である。障害者の一般企業での就労に関しては場合によって経験を得ると言う場面でもあるからだ。

 だからたとえ賃金が少なかったとしても、経験として得られるものは賃金以上なこともあるのではないかと考える。

2015年8月24日月曜日

いい死に方を考える必要もあったりします。


参考元:読売新聞

高齢者「虚弱」対策、要介護の一歩手前で防げ…自治体に10億助成へ



生きることや死ぬことを考える際の疑問

私のように生きることを考えると、逆に死に方を考えることもあります。
 その中で、ひょっとすると死なせてあげる自由もあるのかも知れない、と私個人として考えることもあります。
 それまでに自分の生きることをすでに全うしたのだとしたら、それを無理に生かす必要や強制力は国や家族にあるのか疑問です。


若者と老人との違い

確かに若者や中年の方が自らの命を絶つことに関しては後々にまだ大逆転があるかもしれないと考えられる意味で、予防をする意味はあるのかもしれません。しかし仮に老人が、他の人に無理やり生かされたとしてどういう効果があるのでしょうか。
 生きていても税金を積極的に払ってもらえるわけでなし、むしろ医療費が多くかかることのあることから家族も国もあまり良い存在とはいえない可能性もあります。


自然のあり方があっても良い?

ですから積極的に老人を殺せ、と言っているわけではありませんが場合によってはもう少し、自然な形で生きるを支える、そういった環境を作っても良いのではないかなと思います。
 もちろん本人が生きたいと積極的に思っているのならば、それを全力で支える必要があるのだとは思いますけども。

2015年8月12日水曜日

遊んで主体性を持って


ゲームで遊ぶ娯楽型の通所介護を規制へ…神戸市より


遊びは生きる糧

人間は遊ぶということで生きている部分があります。遊びがないと生きているという実感や気力がなくなるのかもしれません。

 ではどのような遊びが良いのかというと、誰しもが納得するような回答はありません。

 ただ短絡的な快楽を求めるためのゲームはすることに意味が無いと考えています。


行政主体の事業はつまらない 

介護の現場で細かく見ていくと軍人将棋なら良いのか?経営戦略を練る会議もゲームといえるのでは?など細かく見ていったらさっぱり基準がわかりません。

 ただ、後押ししているのは行政の方々なので、彼らからすると、できるだけ活動されるのは福祉予算が増えるため困ると考えられます。となると行政は活動を停止する側に回ります。

 もしくは停止させることは無いにしても学校の授業と同じように、みんな画一化されたサービスになると考えられます。すると利用者、職員もまったく面白みが無く、誰しもが活動をさせ“られる”状況になると考えます。


遊びの中身を確認。行政は後押し的な存在で。

ですから、というよりだからこそ介護の場合には、実際どのようなことをするのが良いのかを考える必要があるのかも知れません。

 遊びの形がまずいのではなく、遊びの内容はどうだったのかと考えることです。

 また行政は前に出てきて規制を押し出すのではなく個人の活動を後押しするようなそんな“舞台裏”的存在であったほうがよいのではないでしょうか。

 確かに行政が概念を出すことで活動が活発化しますが、伸びてきだした途端に規制規制では、せっかく育ってきたものも行政につぶされる、あるいは行にとって都合のいい存在になってしまう、と考えます。

2015年8月11日火曜日

情報発信の裏を読む


参考元:読売新聞

大卒就職率72・6%、21年ぶりに7割台回復より



世の中気分で回っている部分がある。

経済は誰かの気分で回っていると言う言葉があります。誰かがこうだと思ったことを契機に、状況が変動する場合があるということです。景気などはその好例で、景気が良くなるという「気分」から消費者の動きが活発になると言われることもあります。

 私の就職や転職をする時期にはいつも不景気が重なり、(2004年就職氷河期 2011年リーマンショックの余波)景気が良くないときに私はいつも世に出るのですがそれはそれで、生きる力が養われる意味で有用だと考えています。


経済は上向いてきている。それには意図がある。

そんななか、現在は大学生の100人中70人が就職しているそうです。このようなことを書くということはメディアや国が景気の良くなっていることをアピールしていて、再来年度の消費税増税に向けて動き出している部分があるのだと思います。

 確かに日経平均株価も20000円台を推移視していますし、景気が良くなっていると感じる部分もあるのでしょう。しかし、またそれがゆえにと言いますか、このような状況であるからこそ次にどのようにするのかを考える必要があります。


景気が上向いてきているときだからこそ足元を固める

確かに周りが景気があるからそれに乗ればいいやーとのんきに考える部分もあるのかもしれませんが、そうした浮ついた気持ちに甘んじることなく、むしろこうした好景気の時期だからこそ自分が生きるための方法を考える余裕が欲しいです。

 一般的に景気は良くなったり悪くなったりを繰り返します。「止まない雨は無い」と言う言葉があるように今は好景気たなめ平時あると言えますが、いつ乱れた時になるかわかりません。ですからそうした乱れた時に備え、今の段階から蓄えを集めておく必要がある、と考えています。

そのためにはたな卸しや振り返りが重要です。